サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

『その夜の侍』 「他愛のない話がしたい」とは?

 監督の赤堀雅秋は演劇界の人だそうだ。この映画は赤堀がかつて上映した舞台劇を映画化したもの。
 物語は妻をひき逃げされた中村(堺雅人)と、ひき逃げ犯である木島(山田孝之)を中心に進む。被害者遺族である中村は、刑期を終えて出所した加害者木島のことをこっそりとつけ回す。そして、妻の命日になったら「お前を殺して、おれも死ぬ」という殺人予告を木島に送りつける。

200.jpeg

 加害者である木島はできれば自分のそばには居て欲しくない人間だ。傍若無人な振舞いは常軌を逸していて、周りの人間にも理解不能。しかし、その一方で周りの寂しい人間は、どこか木島に惹かれてしまうところもあるようだ。独りでいるよりはそんな人間でも近くに居たほうがいいということだ。木島を演じる山田孝之はギラギラした目で、異質な存在感を放つ。
 被害者遺族である中村はなぜかプリンが大好きな中年で、やせているくせにプリンの食べすぎで糖尿気味。堺雅人はいつものキラキラした瞳は見せずに、分厚い眼鏡で怪しい風体の男になりきっている。いつも汗まみれで髪はあぶらっぽく、妻の死の受け容れられずほとんど精神を病んでいるみたいな状態だ。

 タイトルに“侍”とあるけれど、中村と木島の対決は、勧善懲悪的な時代劇の一騎打ちのようにすっきりとしたものになるわけではない。
 中村は木島に「他愛のない話がしたい」と語りかけるが、難しい言葉なんかで直接に心情を説明しないのがいい。他愛のない話は中村の心にうごめく“何か”を直接に示しはしない。それでも雨のなかでの泥まみれの対決のあとには“何か”が伝わってくるようにも思えた。けんかのあとでふたりがわかりあうなんてこともないし、中村が完全に吹っ切れたとも思えないけれど、犯罪被害者の遺族と加害者の関係がすっきりと整理されるわけがないのだ。
 そのすっきりしなさから「わかりにくい」という評価もあるみたいだけれど、言葉で説明できない“何か”を表現している点で素晴らしい作品だと思う。





『華麗なるギャツビー』 ちょっとかわいいディカプリオ版のギャツビー

 フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の5度目の映画化。ちなみに日本語訳もしている村上春樹は、人生で出会ったもっとも重要な本として『グレート・ギャツビー』を挙げている。そのくらいの名作だ。
 今回は3D版もあるが、2D版で鑑賞。ラストでギャツビーがプールに浮かぶ場面では、『ライフ・オブ・パイ』のような奥行きのある構図が見られるが、全体的には2Dで充分な気がする。まあ、ギャツビー邸のパーティを体感できるという点では3Dもいいのかもしれないけど。

0d40a5e4a645fc6b96e767d64ac0878e41-250x370.jpg 767794177.jpg

 今回の『華麗なるギャツビー』ディカプリオが演じるギャツビーは人間味がある。74年のレッドフォード版のギャツビーはあまりに完璧すぎて付け入る隙がない気がしたが、こちらのギャツビーには親近感が湧く。「お茶会」のシーンでは、謎多き大富豪であるギャツビーがかつての恋人を前に慌てたりして挙動不審になるのがいい。舞台設定は華麗だけれども、結局はラブ・ストーリーと言ってもいい映画なのだ。
 デイジーを演じたキャリー・マリガンもかわいらしくてよかった。『ドライヴ』などでは庶民的な印象だったが、高級ブランドのドレスもよく似合う。ただ如何せん人の良さがでてしまうのか、デイジーというキャラクターの愚かさは感じられなかった。デイジーは自分でも「女の子はかわいらしいお馬鹿さんがいい」と語っているのだ。
 キャリー・マリガンは『SHAME』では、セックス狂みたいな主役マイケル・ファスベンダーのちょっとイタイ感じの妹を演じ、意外にぽっちゃりとした裸体も披露していて、こちらのほうが馬鹿な女の子らしかった。『華麗なるギャツビー』では馬鹿というよりは、かよわい印象。

 監督バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』で有名だが、この『華麗なるギャツビー』でもド派手なパーティ演出を見せてくれる。ただ文学作品の映画化だからか、それほど弾けた感はない。またラーマン流のぶっ飛んだミュージカルを観たいものだ。








『リアル~完全なる首長竜の日~』 黒沢清のホラー演出

 予告などの雰囲気では、佐藤健綾瀬はるか主演のちょっとした恋愛ものかと思いきやそうではない。意識のなかに入り込むという設定だけに、主人公の意識次第でどうにでも世界をいじることができるわけで、監督の黒沢清はそのアンリアルさをうまく使って好き勝手なホラー演出をしている。

467855l.jpg

 その演出は怖がらせるというよりも監督の遊びにも思える。『回路』では死の世界から出てきた幽霊がとにかく恐ろしかった。ただ女性が近づいてくるだけなのだが、そこでカクンと姿勢を崩す場面が、シェクスピアの「世の中の関節が外れてしまった」なんて言葉を思わせるほどの圧倒的な瞬間を生み出していた。
 そうした映画から比べると『リアル~完全なる首長竜の日~』のホラー演出は生ぬるい。佐藤健のバックに何もない空間があって、音楽が高鳴れば、当然そこに何かが出てくると思いきやスカしてみたりするのにはかえって驚いた。一方で漫画家である主人公の描く屍体が出現する場面では、何の盛り上がりもなしに屍体が転がっていたりするのだ。メジャーっぽい作品としては、そんなに怖くしてはいけなかったということなのか。とにかく意識下の世界という自由度を利用して、黒沢清監督が好き勝手に遊んでいるようにも思える。
 後半になると、どんでん返しもあってホラー映画ではなくなっていくのだが、そうなると結構退屈とも言える。タイトルにある首長竜の秘密もそれほど驚くべきものではないし、『ジュラシック・パーク』のようなアクションも、首長竜は肉食恐竜ではなく手足がヒレのようになっているものだから、アシカなんかを思い出させて緊迫感に欠けるのだ。




『ルビー・スパークス』 男のファンタジーの行く末

 ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督作品。ふたりが監督した『リトル・ミス・サンシャイン』はとてもかわいらしい映画で、家族がワーゲンの黄色いミニバスで旅をするロード・ムービーだった。ちなみにこのミニバスのイメージを借りたのが『少年メリケンサック』や『ハラがコレなんで』だと、映画評論家の森直人が指摘している。公開中のケン・ローチ監督『天使の分け前』でも、主人公が手にした金で手に入れたのが水色のワーゲンのミニバスだった。家族がミニバスに乗り込むイメージには幸福があるようだ。

c7008818.jpg

 『ルビー・スパークス』の主人公カルヴィンは夢見がちな小説家。演じるのは『リトル・ミス・サンシャイン』では無口な長男役で登場し、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』にも出ていたポール・ダノ。相手役のルビーにはゾーイ・カザン(エリア・カザンのお孫さんだとか)。
 カルヴィンは夢のなかで出会った女性を小説に描く。するとそれが現実に現れて……。という何ともファンタジックな物語。どことなくドラえもんの道具を思わせる古いタイプライターがいい。
 だけど、この映画は男の願望を叶えて終りというわけじゃない。脚本を描いたのが、劇中でルビーを演じるゾーイ・カザンだからだろうか。もしくは監督が男女ふたりのペアだからだろうか。男目線でスタートしながらも、男には手に負えない女性に主導権が移動するし、全体的には男のファンタジーだが、細部が妙に現実的なのだ。
 カルヴィンはルビーを好きなように描くことができる。例えば巨乳にしてみるとか、脱ぎながら歌わせるとか、三遍回ってワンと言わせるとか。だけど結局のところ、ルビーのすべてがカルヴィンの思うままになるわけじゃない。そんなことをすればするほど虚しくなるのだ。ふたりの幸せな同棲生活も長くは続かず、倦怠期がやってくるところは、実生活でも長年のつきあいという主演ふたりの実体験なんじゃないかとも邪推してしまう。
 「夢のなかの女」を自ら演じてしまうゾーイ・カザンはなかなか度胸があるけれど、夢のような存在には見えないところが残念か。陽の光を背に浴びて登場する場面などはかわいいのだが、普段の生活場面での落差が激しいような……。




『ライジング・ドラゴン』 ジャッキー・チェンの「最後のアクション超大作」

 ジャッキー・チェンの最新作。「最後のアクション超大作」とも謳われているのだから、やはり映画館に駆けつけないと。
 これまでにも最後という噂はあった気もするが、今回はマジな感じもする。エンドロールではジャッキーからのファンへのメッセージも登場するし、ラストで曰くありげに登場するのは本物の奥様なんだとか。

 ジャッキーが最後の作品に選んだのは“アジアの鷹”シリーズだ。『サンダーアーム/龍兄虎弟』では撮影中に大怪我をして死にそうになったわけだが、『ライジング・ドラゴン』でもラストの“落下系”アクションでそんな姿を思い浮かばせるような瀕死の姿――これはもちろん演出だが――を見せている。

r_d_01.jpeg

 インディ・ジョーンズに影響された“アジアの鷹”シリーズだけに、物語としては清王朝の秘宝を巡って冒険が繰り広げられる。とは言えジャッキー映画だから物語などどうでもいいわけで、政治的な言説――略奪された国宝だから奪い返して当然みたいな――なども気にせずに楽しめばいいと思う。地上波のテレビ放映となれば、無人島の部分はカットされそうな気もするが、ぼくは純粋にジャッキーのアクションを堪能した。
 アクション映画といえばやはりジャッキーだ。『エクスペンダブルズ』スタローンも、『ラストスタンド』シュワルツェネッガーだって、大好きなアクションスターだ。もちろん彼らの映画も充分楽しんできた世代なのだけれど、やはり一番はジャッキー・チェンだ。スタローンやシュワルツェネッガーのほうがカッコいいヒーロー像を見せてくれるかもしれないが、ジャッキーのような本物のアクションはできないからだ。ジャッキーのアクションはただひたすらに凄いのだ。終盤のソファー上の格闘は久しぶりにわくわくするアクションだった。これを観るだけでも価値がある。

 エンドロールでのジャッキーはファンに向かって「ありがとう」と語りかける。その言葉はファンであるぼくたちがジャッキーに言うべきであり、何だか泣けてきてしまった。とりあえずは「お疲れさま」と言いたいが、ジャッキーが映画界から去るわけではないし、『エクスペンダブルズ3』への出演の噂や『ポリス・ストーリー』の新作などもあるようだし、まだ楽しませてくれそうだ。



ギャラリー
  • 『ウィッチ』 アニヤ・テイラー=ジョイの出世作
  • 『ゲート・トゥ・ヘヴン』 無国籍なファンタジー
  • 『下衆の愛』 映画というクソみたいな女にはまる
  • 『PARKSパークス』 橋本愛による吉祥寺十題噺
  • 『雪女』 見どころは雪女の熱いラブシーン?
  • 『雪女』 見どころは雪女の熱いラブシーン?
  • 『オトナの恋愛事情』 どちらが気楽にセックスできるか
  • 『母の恋人』 懐かしの顔だけれどちょっと気恥ずかしい
  • 『誘惑は嵐の夜に』 母と娘の入れ替わりコメディ
最新コメント