サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

『リアル~完全なる首長竜の日~』 黒沢清のホラー演出

 予告などの雰囲気では、佐藤健綾瀬はるか主演のちょっとした恋愛ものかと思いきやそうではない。意識のなかに入り込むという設定だけに、主人公の意識次第でどうにでも世界をいじることができるわけで、監督の黒沢清はそのアンリアルさをうまく使って好き勝手なホラー演出をしている。

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 その演出は怖がらせるというよりも監督の遊びにも思える。『回路』では死の世界から出てきた幽霊がとにかく恐ろしかった。ただ女性が近づいてくるだけなのだが、そこでカクンと姿勢を崩す場面が、シェクスピアの「世の中の関節が外れてしまった」なんて言葉を思わせるほどの圧倒的な瞬間を生み出していた。
 そうした映画から比べると『リアル~完全なる首長竜の日~』のホラー演出は生ぬるい。佐藤健のバックに何もない空間があって、音楽が高鳴れば、当然そこに何かが出てくると思いきやスカしてみたりするのにはかえって驚いた。一方で漫画家である主人公の描く屍体が出現する場面では、何の盛り上がりもなしに屍体が転がっていたりするのだ。メジャーっぽい作品としては、そんなに怖くしてはいけなかったということなのか。とにかく意識下の世界という自由度を利用して、黒沢清監督が好き勝手に遊んでいるようにも思える。
 後半になると、どんでん返しもあってホラー映画ではなくなっていくのだが、そうなると結構退屈とも言える。タイトルにある首長竜の秘密もそれほど驚くべきものではないし、『ジュラシック・パーク』のようなアクションも、首長竜は肉食恐竜ではなく手足がヒレのようになっているものだから、アシカなんかを思い出させて緊迫感に欠けるのだ。




『ルビー・スパークス』 男のファンタジーの行く末

 ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督作品。ふたりが監督した『リトル・ミス・サンシャイン』はとてもかわいらしい映画で、家族がワーゲンの黄色いミニバスで旅をするロード・ムービーだった。ちなみにこのミニバスのイメージを借りたのが『少年メリケンサック』や『ハラがコレなんで』だと、映画評論家の森直人が指摘している。公開中のケン・ローチ監督『天使の分け前』でも、主人公が手にした金で手に入れたのが水色のワーゲンのミニバスだった。家族がミニバスに乗り込むイメージには幸福があるようだ。

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 『ルビー・スパークス』の主人公カルヴィンは夢見がちな小説家。演じるのは『リトル・ミス・サンシャイン』では無口な長男役で登場し、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』にも出ていたポール・ダノ。相手役のルビーにはゾーイ・カザン(エリア・カザンのお孫さんだとか)。
 カルヴィンは夢のなかで出会った女性を小説に描く。するとそれが現実に現れて……。という何ともファンタジックな物語。どことなくドラえもんの道具を思わせる古いタイプライターがいい。
 だけど、この映画は男の願望を叶えて終りというわけじゃない。脚本を描いたのが、劇中でルビーを演じるゾーイ・カザンだからだろうか。もしくは監督が男女ふたりのペアだからだろうか。男目線でスタートしながらも、男には手に負えない女性に主導権が移動するし、全体的には男のファンタジーだが、細部が妙に現実的なのだ。
 カルヴィンはルビーを好きなように描くことができる。例えば巨乳にしてみるとか、脱ぎながら歌わせるとか、三遍回ってワンと言わせるとか。だけど結局のところ、ルビーのすべてがカルヴィンの思うままになるわけじゃない。そんなことをすればするほど虚しくなるのだ。ふたりの幸せな同棲生活も長くは続かず、倦怠期がやってくるところは、実生活でも長年のつきあいという主演ふたりの実体験なんじゃないかとも邪推してしまう。
 「夢のなかの女」を自ら演じてしまうゾーイ・カザンはなかなか度胸があるけれど、夢のような存在には見えないところが残念か。陽の光を背に浴びて登場する場面などはかわいいのだが、普段の生活場面での落差が激しいような……。




『ライジング・ドラゴン』 ジャッキー・チェンの「最後のアクション超大作」

 ジャッキー・チェンの最新作。「最後のアクション超大作」とも謳われているのだから、やはり映画館に駆けつけないと。
 これまでにも最後という噂はあった気もするが、今回はマジな感じもする。エンドロールではジャッキーからのファンへのメッセージも登場するし、ラストで曰くありげに登場するのは本物の奥様なんだとか。

 ジャッキーが最後の作品に選んだのは“アジアの鷹”シリーズだ。『サンダーアーム/龍兄虎弟』では撮影中に大怪我をして死にそうになったわけだが、『ライジング・ドラゴン』でもラストの“落下系”アクションでそんな姿を思い浮かばせるような瀕死の姿――これはもちろん演出だが――を見せている。

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 インディ・ジョーンズに影響された“アジアの鷹”シリーズだけに、物語としては清王朝の秘宝を巡って冒険が繰り広げられる。とは言えジャッキー映画だから物語などどうでもいいわけで、政治的な言説――略奪された国宝だから奪い返して当然みたいな――なども気にせずに楽しめばいいと思う。地上波のテレビ放映となれば、無人島の部分はカットされそうな気もするが、ぼくは純粋にジャッキーのアクションを堪能した。
 アクション映画といえばやはりジャッキーだ。『エクスペンダブルズ』スタローンも、『ラストスタンド』シュワルツェネッガーだって、大好きなアクションスターだ。もちろん彼らの映画も充分楽しんできた世代なのだけれど、やはり一番はジャッキー・チェンだ。スタローンやシュワルツェネッガーのほうがカッコいいヒーロー像を見せてくれるかもしれないが、ジャッキーのような本物のアクションはできないからだ。ジャッキーのアクションはただひたすらに凄いのだ。終盤のソファー上の格闘は久しぶりにわくわくするアクションだった。これを観るだけでも価値がある。

 エンドロールでのジャッキーはファンに向かって「ありがとう」と語りかける。その言葉はファンであるぼくたちがジャッキーに言うべきであり、何だか泣けてきてしまった。とりあえずは「お疲れさま」と言いたいが、ジャッキーが映画界から去るわけではないし、『エクスペンダブルズ3』への出演の噂や『ポリス・ストーリー』の新作などもあるようだし、まだ楽しませてくれそうだ。



『CHLOE/クロエ』 アマンダ・セイフライド演じるファム・ファタール

 カナダの映画監督アトム・エゴヤンの作品。2003年の『恍惚』のリメイクとのこと。分類すればおそらくエロティック・サスペンスなんてジャンルに入りそうな作品。エゴヤンの映画は『エキゾチカ』がとても好きで、それ以降の作品もチェックしている。今回は遅ればせながらTSUTAYAで監督の名前を発見してレンタル。

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 『エキゾチカ』でもエロティックなシーンはあるのだが、『クロエ』でも冒頭からアマンダ・セイフライドの後姿からも垣間見られる豊かな胸にドキッとする。この映画はいわゆるファム・ファタールものであり、翻弄される側は大学教授である夫(リーアム・ニーソン)と産婦人科医の妻キャサリン(ジュリアン・ムーア)の夫婦である。主役は妻キャサリンのジュリアン・ムーアで、夫の浮気を疑って夫の素行を知るために高級娼婦であるクロエに仕事を頼むことから物語が始まる。

 「夫の浮気を疑う妻」という昼ドラみたいなテーマから、キャサリンとその夫を誘惑するクロエの女同士の共犯関係へと物語は展開していく。舞台は冬のトロントで、夫婦の住むオシャレな邸宅には清潔感があり、エゴヤン映画の妖しさはひかえめといった感じ。
 主役のジュリアン・ムーアは、夫の愛を失いかけた中年女性を脱ぎっぷりもよく演じているが、この映画での注目はタイトルロールのアマンダ・セイフライドだろう。いかにリーアム・ニーソンが硬派でも、あんな女性に言い寄られたら堪らない。アマンダ・セイフライドは西洋人形的な金髪碧眼のかわいらしいイメージなのかと思っていたが、『クロエ』では何度かベッドシーンもあり、素晴らしい肢体を拝ませてくれる(あくまでチラリとだが)。
 物語はクロエの異常性が明らかになるにつれ、サイコものの雰囲気を醸し出す。その後にひとひねり加えたオチもあってなかなか楽しませる。ジュリアン・ムーアは『キッズ・オールライト』でも、複雑な男女の関係に翻弄されていたわけだが……。ただ脚本が監督本人のものでないからか、エゴヤン作品としてはちょっと食い足りないか。



『ホーリー・モーターズ』 レオス・カラックスの映画への愛?

 批評家とかブログの感想も軒並み絶賛という印象の『ホーリー・モーターズ』レオス・カラックスの13年ぶりの最新作なんて聞くと、観ないと悪いような気がして劇場に出かけたものの、センスとか教養が欠けているのかもしれないが正直さっぱりわからなかった。悔しいからDVDになったらもう一度観てみたいとは思うが……。
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 物語はほとんどなく、ドニ・ラヴァン演じるオスカーが何のためかは知らないが様々な人物に扮していく。その合間には白いリムジンで次に扮する人物のプロフィールを読み、次の舞台に備える。その繰り返し。監督カラックスのインタビューなどによれば、これは「自分自身でいることの疲労」と「新たに自分を作り出す必要という感情」という、相反する二つの感情を表現したものらしい。
 オスカーは最初ごく普通の家庭から現れて舞台までの輸送機関であるリムジンに乗り込むが、その日の最後には別の家庭(『マックス、モン・アムール』のようにチンパンジーがいる)に収まる。つまりオスカーにとっては戻るべき自分とか、本当の自分なんてものはないのだ。ここにはカラックスの相反する二つの感情が投影されているのだろう。常に自分以外の誰かを演じ続ける、その肉体だけが自分なのかもしれない。ドニ・ラヴァンの身体性はそうしたところを表現しているのだろう。
 ちなみに題名は音を立てて回るフィルムのモーターをイメージし、デジタル時代に突入した映画産業からそれを懐かしんで「聖なる(Holy)」ものとしているようなのだが……。

 様々なエピソードのなかではマンホールの怪人の部分は楽しませるし、インターミッションとして演奏されるアコーディオンの曲もカッコいい。最後のほうで突然しんみりとしたミュージカルになるが、ここのエピソードには引き込まれた。ここではオスカーの相手役をカイリー・ミノーグが演じていて、その昔「ロコモーション」でデビューしたころはMTVなどで見かけていたが、あの頃の印象とはうって変わって大人の歌声を聴けたのは拾い物だったかな。




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