サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

2013年04月

『CHLOE/クロエ』 アマンダ・セイフライド演じるファム・ファタール

 カナダの映画監督アトム・エゴヤンの作品。2003年の『恍惚』のリメイクとのこと。分類すればおそらくエロティック・サスペンスなんてジャンルに入りそうな作品。エゴヤンの映画は『エキゾチカ』がとても好きで、それ以降の作品もチェックしている。今回は遅ればせながらTSUTAYAで監督の名前を発見してレンタル。

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 『エキゾチカ』でもエロティックなシーンはあるのだが、『クロエ』でも冒頭からアマンダ・セイフライドの後姿からも垣間見られる豊かな胸にドキッとする。この映画はいわゆるファム・ファタールものであり、翻弄される側は大学教授である夫(リーアム・ニーソン)と産婦人科医の妻キャサリン(ジュリアン・ムーア)の夫婦である。主役は妻キャサリンのジュリアン・ムーアで、夫の浮気を疑って夫の素行を知るために高級娼婦であるクロエに仕事を頼むことから物語が始まる。

 「夫の浮気を疑う妻」という昼ドラみたいなテーマから、キャサリンとその夫を誘惑するクロエの女同士の共犯関係へと物語は展開していく。舞台は冬のトロントで、夫婦の住むオシャレな邸宅には清潔感があり、エゴヤン映画の妖しさはひかえめといった感じ。
 主役のジュリアン・ムーアは、夫の愛を失いかけた中年女性を脱ぎっぷりもよく演じているが、この映画での注目はタイトルロールのアマンダ・セイフライドだろう。いかにリーアム・ニーソンが硬派でも、あんな女性に言い寄られたら堪らない。アマンダ・セイフライドは西洋人形的な金髪碧眼のかわいらしいイメージなのかと思っていたが、『クロエ』では何度かベッドシーンもあり、素晴らしい肢体を拝ませてくれる(あくまでチラリとだが)。
 物語はクロエの異常性が明らかになるにつれ、サイコものの雰囲気を醸し出す。その後にひとひねり加えたオチもあってなかなか楽しませる。ジュリアン・ムーアは『キッズ・オールライト』でも、複雑な男女の関係に翻弄されていたわけだが……。ただ脚本が監督本人のものでないからか、エゴヤン作品としてはちょっと食い足りないか。



『ホーリー・モーターズ』 レオス・カラックスの映画への愛?

 批評家とかブログの感想も軒並み絶賛という印象の『ホーリー・モーターズ』レオス・カラックスの13年ぶりの最新作なんて聞くと、観ないと悪いような気がして劇場に出かけたものの、センスとか教養が欠けているのかもしれないが正直さっぱりわからなかった。悔しいからDVDになったらもう一度観てみたいとは思うが……。
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 物語はほとんどなく、ドニ・ラヴァン演じるオスカーが何のためかは知らないが様々な人物に扮していく。その合間には白いリムジンで次に扮する人物のプロフィールを読み、次の舞台に備える。その繰り返し。監督カラックスのインタビューなどによれば、これは「自分自身でいることの疲労」と「新たに自分を作り出す必要という感情」という、相反する二つの感情を表現したものらしい。
 オスカーは最初ごく普通の家庭から現れて舞台までの輸送機関であるリムジンに乗り込むが、その日の最後には別の家庭(『マックス、モン・アムール』のようにチンパンジーがいる)に収まる。つまりオスカーにとっては戻るべき自分とか、本当の自分なんてものはないのだ。ここにはカラックスの相反する二つの感情が投影されているのだろう。常に自分以外の誰かを演じ続ける、その肉体だけが自分なのかもしれない。ドニ・ラヴァンの身体性はそうしたところを表現しているのだろう。
 ちなみに題名は音を立てて回るフィルムのモーターをイメージし、デジタル時代に突入した映画産業からそれを懐かしんで「聖なる(Holy)」ものとしているようなのだが……。

 様々なエピソードのなかではマンホールの怪人の部分は楽しませるし、インターミッションとして演奏されるアコーディオンの曲もカッコいい。最後のほうで突然しんみりとしたミュージカルになるが、ここのエピソードには引き込まれた。ここではオスカーの相手役をカイリー・ミノーグが演じていて、その昔「ロコモーション」でデビューしたころはMTVなどで見かけていたが、あの頃の印象とはうって変わって大人の歌声を聴けたのは拾い物だったかな。




『ジャンゴ 繋がれざる者』 タランティーノのマカロニ・ウエスタン

 2時間半を超える作品だが、ひとまず楽しんだ。楽しいのだが、タランティーノ監督初期の『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』ほど好きではないといったところだろうか。今回はマカロニ・ウエスタンがオマージュの対象となっているけれど、ほとんどマカロニ・ウエスタンを知らないからかもしれない。
 映画評論家の柳下毅一郎氏は「タランティーノが不思議なのは、その引用が何も語っていないという点かもしれない。サンプリング・アーティストならば引用によって元作品を再評価しようとするだろう。だがタランティーノはジャンルの意匠を自由に引用するだけで、ジャンルへの批評を試みるわけではない。」と記している。なるほど批評性というよりは好き勝手に楽しんでいると言ったほうがいいか。

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 すったもんだがあってディカプリオの屋敷に舞台が移ってからは快調で、ジェイミー・フォックスとクリストフ・ヴァルツに相対するディカプリオとサミュエル・L・ジャクソンのやりとりはいい。しかし、それまでの賞金稼ぎの件とか敵討の件は、オムニバスの別のエピソードを見ているような感がある。また、事件の渦中を描写してちょっと過去に戻るという編集があるが、どういう意図なんだろうか? 行きつ戻りつしてダラダラして終わりそうで終わらない映画にも思えた。もっともタランティーノの映画は、ダラダラと意味のない会話のやりとりがあるのが特徴と言えば特徴だからいいのかもしれないが。

 今回引用される作品を『ジャンゴ』観賞後に見てみた。『マンディンゴ』『続 荒野の用心棒』だ。正直、『ジャンゴ』よりこれらの作品のほうがよかった。ごく個人的な感想だが『続 荒野の用心棒』では、寺沢武一のマンガ『コブラ』の場面を思わせる場面がにやりとさせる(裸の女を窓辺に立たせて気を引いておいて脱出するというエピソード)。ぼくの好みとしては『マンディンゴ』が一番で、悲劇的なラストもよかったし、あの時代にバーリ・トゥードのような戦いの映画があったことにも驚いた。
 さすが映画オタクのタランティーノだけあって、オマージュを捧げる対象に間違いはないようだ。



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