サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

2014年04月

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』 妙にリアルなラブコメ

 人は誰しもそれなりの夢なんてものを抱くのかもしれないが、実際にそれを叶えるものはごく僅か。脚本家を目指して馬車馬のごとく頑張る女と、ビッグマウスばかりでまだ何も成し遂げていない男、この映画はそんなふたりの夢とちょっとした恋心についての物語だ。
 監督の吉田恵輔はとても評判がいいみたいなので、今回は今月レンタル開始となった『ばしゃ馬さんとビッグマウス』と代表作らしい『さんかく』を観てみた。で、感想としては、評判に違わずどちらも素晴らしかった。邦画をつぶさに追いかけているわけではないのだけれど、こんな脚本が書ける人はなかなかいないんじゃないだろうか。

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 ※ 以下、ネタバレもあり。

 とにかく妙にリアルな部分がある。シナリオを口実に異性を口説こうとしてみたり、成功のために監督やプロデューサーに近づくものの弄ばれたりするのは、実際にありそうな気がする(業界に関しては何も知らないけれど)。
 『ばしゃ馬さんとビッグマウス』で一番リアルだったのは、29テイクも撮ったというシーン。麻生久美子演じる主人公・馬淵みち代が「抱いた夢をどうやって終わりにしたらいいかわからない」と弱音を吐いて元彼(岡田義徳)に泣きつくと、元彼は何となくその場の雰囲気でみち代を押し倒す。「色々と面倒だから抱きたいとも思ってないんだけど、こんなに泣かれてしまったし、優しくする方法もよくわからないから今夜は抱いてやろう」というのが男。一方で胸をもみしだかれながらも、最終的には「いいの? 私、また好きになっちゃうよ」と覚悟を求めるのが女。そこで我に返った元彼は、意気消沈して服を脱がそうとしていた手を引っ込めるという……。何だかリアルすぎて恥ずかしいくらい。
 それからどこか事態を客観視しているところもいい。現実を知らず毒舌すぎるのはビッグマウス(安田章大)だけでなく、ばしゃ馬さん・みち代の過去の姿でもあるし、夢を諦めきれないのは元彼も同様だという告白もそうだ。人は自分の立場から他人を非難したりするが、大局から見れば「同じ穴の狢」で、大した違いはないのだ。これは『さんかく』で登場人物3人が、それぞれストーカーまがいの行動をしているのにも似ている。恋する気持ちも夢を追いかける気持ちも、自分だけに備わった特別な感情だと思い込んでいるわけだけれど、それらは結局ユーモラスに相対化されるのだ。深刻になりすぎず所々に笑いを盛り込み、登場人物たちがみんな愛らしく思える。そのあたりのさじ加減が絶妙だった。




『あの頃、君を追いかけた』 ちょっと掘り出し物の台湾製の青春映画

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 優等生に恋する馬鹿な男子学生を中心にした青春群像コメディ。DVDが4月4日に登場したばかり。台湾や香港では大ヒットを記録した映画とのこと。
 男子高校生たちの青春を描いた映画など腐るほどあって、そんな男子たちの考えることは一様に性的なものになる。『あの頃、君を追いかけた』の主人公たちも性的な存在なのだけれど、オナニーには積極的でも、女子との実際の付き合いとなるとかなりのウブで、手を握ることすら重要なイベントになるというのが微笑ましい。
 そんな男子たちの憧れの対象は、「ほかの女子よりほんの少しかわいいだけ」と評されるチアイーという優等生。なぜ彼女がマドンナ(昭和風に言えば)なのかは説明されず、あまりにパッとしない風貌に観客としてもテンションが下がったのだけれど、意外なことに映画が終わるころにはチアイーのころが本当にかわいらしく見えてくる。実際、この映画でチアイーを演じたミシェル・チェンは人気者になったらしい。

 日本と台湾には『セデック・バレ』で描かれたような過去があるにも関わらず、台湾は日本びいきであるという噂は耳にする。この映画を観ると、台湾の若者文化において、日本の文化はかなりの重要な位置を占めているという印象。『ドラゴンボール』『スラムダンク』『はじめの一歩』といった漫画ネタや、亡くなった飯島愛とかその他諸々のAV女優とか、とにかく日本のコンテンツがかなり一般的に普及しているようで、その辺はこの映画で初めて知った。
 青春ものとしてはありふれているし、男子が幼稚すぎで演出にもふざけたところがあって気恥ずかしいのだけれど、ラストの展開はとてもいい。ちょっと泣けて、同時に笑ってしまう。だから観終わったあとには、欠点もよりも美点のほうが思い出される、そんな映画だった。




『アデル、ブルーは熱い色』 熱くて長いベッドシーン

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 カンヌ映画祭のパルム・ドール受賞作品。
 女優ふたりの大胆なラブシーンが話題となった作品。レズビアンを扱ってはいるが、製作陣に同性愛者はいなかったらしく、本当のレズビアンが見ると奇妙なベッドシーンとなっているとのこと。とにかくふたりの絡みを執拗に見せつけるものだから、不快に感じる人もいるかもしれない。
 登場人物のエマが語る芸術論のなかでは、芸術は美を描くものであり、醜いと思うのは主観にすぎないみたいなことが語られている。その言葉をなぞるように、監督は絵画のようにベッドシーンを撮影したとのこと。それでもやっぱりあのベッドシーンは監督の主観による美にすぎないとも思う。
 アブデラティフ・ケシシュ監督は男性だし、どこか尻フェチのところがあるのか、お尻ばかりを狙っているように思える。美術館のシーンでは彫刻の尻を前景にしたカットばかりをつないでいるし、もっとも印象に残るシーンでは、エマ役のレア・セドゥの丸くて白磁のようなお尻を中心に据えて画面を構成している。それは悪くはないのだけれど、誰にでも受け入れやすい美ではないという気もした。
 ほかのシーンは長くても、アデル(アデル・エグザルコプロス)の表情やほかの人物との会話といった物語上の流れがあった。しかし、ベッドシーンにおいてはほとんど流れが止まり、表情の機微よりもふたりの絡み会う肢体ばかりが捉えられるため、エロさはあったとしても、読み取れる内容はごく限られていて、ちょっと長すぎる印象だった。
 ここまでベッドシーンについてばかり記したが、全体的にはレズビアン映画という印象ではなく、普遍的なものを扱っていて好感が持てた。

 映画の原題は「アデルの人生 第1章、第2章」で、アデルの17歳から25歳くらいまでの人生の序章とでも言うべき時期を、ゆっくりとしたテンポと極端なクローズアップで描いていく。飾らないアデルの姿にはまる人は、3時間の長丁場も楽しめると思う。しかし、はまれなかった人にとっては拷問かもしれない。ぼくはベッドシーンには感心しなかったけれど、アデルにはとても共感して、3時間も没入できた。ただのレズビアン映画ではない何かがあると思う。
 原作はフランスの漫画。映画とは違う結末になっているらしい。『blue』という女子高生を題材にした忘れがたい漫画を描いた魚喃キリコは、この映画について「ヤベぇ、すっげー染みる、痛いほどに、自分のことのように。」と語っている。絶賛と言ってもいいだろう。ぼくもそのコメントに激しく同意したい。




『セインツ ‐約束の果て‐』 二十一世紀に撮られた最も美しいショット

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 映画評論家の蓮實重彦は、『セインツ ‐約束の果て‐』について「テキサス育ちのこの新人監督の長編第二作には、二十一世紀に撮られた最も美しいショットと、最も心に浸みるオーヴァーラップがまぎれ込んでいる。これを見逃してよい理由はない。」とコメントしている。たしかにとても美しいショットがいくつか存在すると思う。個人的には、母になったルーニー・マーラが娘と手をつないで歩く何げないシーンなど、とてもよかったと思うのだけれど、全体的な感想としてはちょっと退屈した。

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 ひとつは女のやっていることが、いまひとつ理解できなかったのかもしれない。女は自分が犯した罪は男(ケイシー・アフレック)に被せておいて、自らが銃で撃って重傷を負わせた警官(ベン・フォスター)に身を任せるという、何とも都合のいい感じだったから。娘の存在があるからなんだろうとは思うし、都合がいいのが悪いわけではないのだけれど、助けてくれた男(娘の父親)とまっとうな生活を保証するかもしれない警官を両天秤にかける感じが伝わらなかった。それからキース・キャラダインが演じるキャラクターが物語に絡んでくるのが、ぼくにはうまくつかめないままだった。
 男女の銀行強盗という主題では『俺たちに明日はない』という有名な作品もあるけれど、テレンス・マリックの『トゥ・ザ・ワンダー』を思わせる場面が登場するし、デヴィッド・ロウリー監督の意識していたのは同じボニーとクライドを描いたマリックの『地獄の逃避行』のほうだろう。また、アルトマンの『ボウイ&キーチ』も同様の題材らしく(未見)、その主演がキース・キャラダインであり、キャスティングはその作品へのオマージュであるようだ。だから映画史的な記憶が豊かなファンならば、もっと楽しめる作品なのかもしれない。何だかちょっと悔しいから、そうした古い作品を観たあとに、もう一度DVDで観直してやりたいという気もする。

(追記) 昨日、これを書いたときは蓮實重彦が『群像』の連載でこの映画を取り上げていることは知らなかったのだが、書店で『群像』を開いたら、さらに詳しく批評されていた。監督本人にメールで撮影方法を確認したりして、なかなかのベタ褒めだった。上記の「二十一世紀に撮られた最も美しいショット」というのは、やっぱりぼくがとてもいいと思ったシーンのことだった。まったく見当違いなことばかり書いていたわけではなかったみたいで、ちょっと安心。




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