サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

2015年02月

『アメリカン・スナイパー』 あまりに皮肉な結末という現実

 アメリカでは賛否両論だという噂のクリント・イーストウッド監督の最新作。

 160人以上のイラク兵などを殺害したという公式記録を持つ、クリス・カイルの自伝をもとにした作品。自伝は『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』として日本でも出版されている(映画と同名の文庫版も出ている)。この映画は予告編が秀逸でとてもハラハラさせる。

 主役のブラッドリー・クーパーは見違えるような巨漢になっていて、しかもクリス・カイル本人に何となく似ている。

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 賛否両論の賛のほうはイーストウッド作品だから当然として、否定的な意見としては160人以上も殺した人を英雄扱いしていいのかということらしい。もちろんクリス・カイルは単なる殺人者ではなく、アメリカのために戦った正義漢である。戦場で味方に害をなすものがあるとすれば、女子供でもそれを排除しなければならないというのが彼なりの倫理だ。それでも「人間には3種類しかいない。羊と犬と番犬だ。」というクリスの父の言葉あたりには、世界の警察を自認するアメリカの押し付けがましさを感じなくもない。

 ただイーストウッドが重点を置いているのは、そんな英雄であるクーパーですら戦争によって心を蝕まれていくといったほうなのだろうとも思う。スコープの先に人の命を掌握しながらも、同じようにイラク側スナイパーからは懸賞金まで賭けられて狙われることになるクリスは、常に極度の緊張を強いられることになり、戦場から戻っても日常に戻ることは難しいのだ。

 そして、その死に方も皮肉なものだった(これもまた事実をもとにしているとのこと)。ベトナム戦争の帰還兵を描いた作品には、よくそうしたPTSDの症状が見られた。『ディア・ハンター』あたりがわかりやすいが、『ランボー』だってそういう映画だと言える。イラク戦争でもそれは同じで、戦争は均しく人をスポイルする。最後に砂嵐がイラク兵もアメリカ兵もない靄のなかに包み込んでしまったところが象徴的なものに思えた。

 イーストウッド作品のなかでの最もいい作品とは言えない気がするけれど、やはり観るべきものはある。最後は無音のままエンドロールが流れる。これはイーストウッドの意図したもの。アメリカでは客席が静まり返ったとか。日本ではそんな印象はなかったから、やはり戦争の当事者の国とは違うのだと思う。だからと言って当事者の国に擦り寄るようなことはしてほしくはないのだが……。

『美しき冒険旅行』 少年/少女の性の目覚め

 『赤い影』『地球に落ちてきた男』などのニコラス・ローグ監督の1972年の作品。今回はHDリマスター版として再発売されたもの。

 原題は「WALKABOUT」で、“放浪”のこと。『クロコダイル・ダンディ』でもこの言葉は使われていたなんてことを思い出した。

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 オーストラリアの雄大な大地と文明社会が対比して描かれる。ラジオから流れてくる内容は文明社会が滅びるといった悲観的なことばかり。一方でオーストラリアの自然はいつまでも変わらない輝きを見せる。そのなかでアボリジニたちもほかの動物、たとえばカンガルーとかトカゲとかウォンバッドとかと同類として自然と一体となって暮らしている(カンガルーが狩られたりもするから苦手な人は要注意かもしれない)。

 

 冒頭から何となく父親の厭世観は感じられる。砂漠へ向かう車にはガソリンは入っていないし、死ぬことは始めから決めていたのだろう。とにかく一家心中をするつもりだったわけで、父親は勝手に自殺して、少女とその弟は大地を彷徨い続けることになる。

 この映画はアボリジニ少年と少女の性の目覚めを描く物語でもある。ミニスカートの制服に身を包んだ少女が、そのギリギリの領域を守りながら歩き続ける。なぜか断崖絶壁を登っていても、ミニスカートの奥の領域はしばらく慎重に隠されている。水や食べ物もなくなり飢えかけていたところをアボリジニの少年に助けられる。そして長い旅のなかで木登りという子供っぽい遊戯でスカートの奥の白いパンツが顔を出すと、その瞬間から少年は少女のことを意識するようになり、少女もまた少年を異性として見るようになる。

 

 当時16歳だったというジェニー・アガターが揺らめく水の中を泳ぐ場面はとても美しい。オールヌードだけに公開当時はカットされてしまったらしいが、この『美しき冒険旅行』のキモである。

 最後には3人が一糸まとわぬ姿で水の中で戯れるわけだが、某有名映画サイトなんかではこの場面を“回想”だとレビューしている人もいるが、これはもちろん“幻想”だろう。文明社会に戻り結婚もして、ある意味では幸福な生活を送っている元少女だが、あのときアボリジニの少年の求婚を受け入れて3人で暮らしていたらどうだったのだろうか。そんなあり得ない妄想に浸るわけだ。もしかしたらそちらのほうが幸せだったのかもしれないけれど、その場合は逆に文明社会が恋しくなるというのが人間なのかもしれない。

『妻が恋した夏』 妻はなぜほかの男の子供を宿したのか?

 『マリアの乳房』LAST LOVE/愛人』に続く、ラブストーリーズの1本。

 主演にはNHK連続テレビ小説「まんてん」でヒロインを務めた宮地真緒、監督・脚本には『たまもの』いまおかしんじ。ネームバリューとしてはこのシリーズのなかでも一番だけれど、『失恋殺人』と比べると宮地真緒の露出は控えめかもしれない(ギリギリの部分は死守しているから)。

 その分のエロ担当(?)としては、穂花にその役割が与えられている。穂花は、以前、某テレビ番組でさんまが注目していると告白していた女優さん。脱がなければ気が強いけれどおしとやかと見えなくもないが、脱ぐと……。


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 ある日突然、妻のかおり(宮地真緒)を喪った浩二(金子昇)は、かおりが妊娠中で別の男がいたことも知る。かおりはなぜ浩二を裏切って不倫に走ったのか?

 実は浩二には不倫の相手がいて、その相手・玲子(穂花)は浩二の子供を身ごもって、かおりのところに乗り込んでいたことも判明する。知らぬは男ばかりというわけだ。

 一方で旦那に浮気をされたかおりは、たまたま小学校の同級生・中村(河合龍之介)と知り合う。中村は癌を患い、その死の恐怖から、かおりにすがってくるようになる。

 

 自分の同級生がまもなく死ぬというときに、その人に「お前しかいない」とか懇願されたら、女性としてもあまり無碍に断ることはできないような気もする(男の願望かもしれないが)。そんなわけでかおりは中村に身体を許してしまい、次第に彼のことが好きになってしまう。

 「神様はいると思いますか?」

 玲子がかおりと会ったときに、かおりはそんな言葉を漏らしていた。かおりは神様に祈りを捧げ、中村の命を救ったということなのだろうと思う。「この人が助かるなら、わたし何でもします」という祈りは、神様に届き、神様はかおりの命と引き換えに中村にはしばしの猶予を与えた(しかし本人はまだそれに気がついていないらしい)。それにしても、かおりは中村の子供を身ごもっていたわけだから、かおりと一緒に子供も同時に死んでしまったわけで、皮肉な結末とも言えるかもしれない。

 最後には浩二の前にかおりの幽霊が出現するが、湖の上のボートという舞台設定は、幽霊もボートもゆらゆらと揺れているわけで、幽霊が出現する場所として理にかなっていて非現実的な場面もすんなりと受け入れられた。

 

 宮地真緒は先日のテレビ番組「有吉反省会」で、アニメキャラのパンツを履いているなどと告白していて、ちょっと迷走しているようにも感じられるのだが……。

『さよなら歌舞伎町』 ラブホテルを舞台にした健全な人間模様

 テアトル新宿でやる映画はエロい映画が多いのだけれど、なぜか女性客も多い。ぼくが観たのはサービスデーの最終回だったが、劇場は満席で、女性客の割合が結構高かった。染谷将太のファンとか、元AKBの前田敦子のファンとか、そうした特定の客が押し寄せたのだろうか?

 『さよなら歌舞伎町』はピンク映画出身の廣木隆一監督と、ロマンポルノで多くの脚本を書いた荒井晴彦のコンビ作品。だからこの映画もそれなりのカラミの場面も登場する。ちなみに元AKBのあっちゃんにはそんな場面はない。その代わり味のある(?)ギターの弾き語りを見せてくれる。

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 物語はラブホテルを舞台にした群像劇。そこの店長をしている染谷将太を中心にして、その周囲の人々を描いていく。歌舞伎町を舞台にしているからか韓国人のキャラも登場して、デリヘル嬢のヘナ(『メビウス』に出ていたイ・ウンウ)のエピソードが一番印象に残る。そのほかには指名手配犯の女とか、不倫をしている刑事カップルとか、様々なカップルがラブホテルに現れる。

 個人的にお目当てだったのは我妻三輪子『恋に至る病』という映画で主役だった子で、顔のパーツがすべて丸くてかわいらしかったのだ。この映画では、街で会った男のところを渡り歩いている可哀想な家出少女の役だ。男(忍成修吾)に連れられてラブホテルにやってきたものの、風呂に入っていないから臭くて最初にシャワーを浴びて来いと言われるというせつなさ(シャワーシーンでは後姿のヌードも一瞬だけあってちょっとドキリとする)。結局、バカな家出少女を惚れさせて風俗に売り飛ばそうと考えていた男は、人を疑うことを知らずあまりに素直なところに惹かれたのか逆に惚れてしまうという……。我妻三輪子の笑顔はとてもほんわかする。

 全体的には登場人物はいい人ばかりで、歌舞伎町を舞台にしていながらも意外にも健全で楽しめる群像劇となっていると思う。


『ワンダフルワールドエンド』 さよなら男ども、そしてガーリーな世界へ

 『スイートプールサイド』松居大悟監督の最新作。

 主演には橋本愛と蒼波純。

 この映画の主人公・詩織(橋本愛)のあこがれの存在を演じるのは大森靖子で、この映画は彼女のミュージックビデオが元になっているとのこと。大森靖子という存在をどう説明すればいいのかはわからないが、椎名林檎的な憑依型のシンガーソングライターで、言わばちょっと普通じゃない世界を持っている。それは男に媚びるようなことがないガーリーな世界らしく、だからこの映画のキャッチコピーも「さよなら男ども。」だ。

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 中学生の亜弓(蒼波純)のあこがれは、動画配信などで“かわいすぎるキャラ”(あまりウケてない)を演じているマイナーなネットアイドル・詩織(橋本愛)。そんな詩織のあこがれはあるミュージシャン(大森靖子)で、彼女たちはゴシックロリータの格好に身を包んでいる。

 詩織は一応彼氏と同棲しているけど、そこに亜弓が転がり込んでくる。普通なら三角関係を形成しそうな展開だけれどそうはならない。その関係からはじき出されるのは彼氏で、詩織は亜弓と女の子同士の世界を形成することが最高だと知ってしまう。だからそこで「古い世界」は終わりを告げ、「新しい世界(ガーリーな世界)」がやってくる。そんな「古い世界」の男たちはゾンビになって生き永らえるほかなく、少女たちはワンダフルな「世界の果て」、桜の花と菜の花の咲き乱れる場所へとたどり着く。

 

 松居大悟の登場人物は突拍子もない予測不能な行動をとるようだ。『スイートプールサイド』のときはそれが狂気に見えたのだけれど、『ワンダフルワールドエンド』ではアンビバレントな葛藤が登場人物にそんな行動をさせている。亜弓は詩織へ想いが通じたとき、なぜかそれを受け入れられずに逃げ出してしまう(多分すぐには信じるほどができないほど嬉しかったから)。また、亜弓の母は亜弓を詩織から引き離そうとするわけだが、亜弓の反抗に遭って訳のわからない行動をする(あまりの意外性に一拍子おいて笑えてきた)。

 この映画の世界観は大森靖子の歌に彩られているけれど、その大森靖子のファンだという橋本愛は主役を楽しそうに演じていて、いつも以上に橋本愛が魅力的な映画だったと思う。世界が崩壊するあたりのシークエンスで、橋本愛がひとりで踊り出すところが何ともよかった。

 芸能事務所の社長を演じていた利重剛は『スイートプールサイド』にも出ていたけれど、橋本愛の主演作『さよならドビュッシー』の監督でもあり、橋本愛をやさしく見守る人のいい感じがよかった。



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