雄大な草原の風景はそれだけでも美しい。そこに真っ赤な太陽が昇り、やがて沈んでいく。そういう自然のなかで飛行機乗りだったらしい親父と美しい少女の生活が描かれていく。多分それだけだったらもっと牧歌的な映画になっていただろうと思うのだけれど、この作品には少女を演じたエレーナ・アンのただならぬ存在感がある。
エレーナ・アンはモスクワに住むロシア人と韓国人のハーフとのこと。この役柄は撮影当時14歳という微妙な年齢だからこそできた役だろう。作品のなかのエレーナ・アンは少女のようにも大人の女性のようにも見える。モンゴリアンのようにも見えるし、ロシア系の雰囲気もある。その笑顔は無邪気のようでもあり、男たちをもてあそぶような匂いもかすかに感じられる。瞳には強い意志を示す瞬間があるかと思えば、妙に儚げな表情を見せたりもする。とにかくその存在じたいに魅了されたのだ。
この映画はもともとは台詞がある設定だったのだとか。しかし、この完成したバージョンにはまったく台詞がない。監督のアレクサンドル・コットはエレーナ・アンに惚れ込んでヘタな演技をさせるより、ただ草原のなかに美少女を立たせてこちらを見つめさせるほうを選んだのだろう(多分それは大成功だったと思う)。
映画の設定すら変えさせてしまった美少女は確かにとても存在感があって、エレーナ・アンを見ているだけで満たされた気持ちになる1本だった。『草原の実験』という題名にある“実験”というのはカザフスタンであった実際の出来事らしいのだけれど、衝撃的なラストよりもぼくにはエレーナ・アンの姿ばかりが目に焼きついて離れなかった。
↓ こちらは舞台挨拶に来たときのものらしい
この映画とはまったく関係ないけれど、台詞がない映画でとてもヒロインが素敵だった作品として『ツバル』を思い出した(どことなくコミカルな部分があるところも似ている)。『ツバル』のチュルパン・ハマートヴァはこの映画のエレーナ・アンほど美形ではないけれど、とても表情豊かでかわいらしかった。