サイの角のように 独りよがり映画論

映画について自分勝手な感想の備忘録。ネタバレもあり。 ほかのブログから引っ越してきました。

キム・ギドク

キム・ギドクの最新作 『殺されたミンジュ』 ミンジュとは何者か?

 ミンジュというタイトルロールの女子高生は冒頭であっという間に殺されてしまう。ミンジュを殺した男たちは誰かに依頼されて殺したものらしい。場面は変わって、ミンジュを殺した男たちの一人(キム・ヨンミン)が迷彩服の男たちに拉致されて拷問を受けることになる。ミンジュの敵討ちなのか、謎の集団はミンジュを殺した男たちを一人ずつ拷問にかけることになる。

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 冒頭の展開が早いのはギドク風である。それから7度の拷問シーンが続いていくのだが、ギドクは「韓国の歴史のトラウマを7つのチャプターを通して描いて」いると語っている。韓国の歴史をよく知らないからわからないのだが、ミンジュという女の子の名前は「民主主義」を意味しているわけで、ギドクは韓国での民主主義のあり方を嘆いている。

 怒りが感じられる部分もあるのだけれど、初期のころの個人的な恨みというよりは社会的な問題について頭で考えましたという印象が強い。ギドクも成熟してきたのかもしれないけれど、その分激しい感情的な部分が見えずもの足りないような気もする。

 

 この作品はギドク初めての2時間超えの作品だ。その作品を10日間の撮影で仕上げているというのはすごいことだが、結構、粗が目立つ。レストランの場面では、テーブルが映されるたびにそこに置かれている料理が変化したりというミスをしている。

 撮影監督はギドク本人ということであまり凝った画面はない。『嘆きのピエタ』のときも素人っぽい撮影監督だったわけだが、それすらも面倒で自分でやってしまうということらしいのだが、そんなに予算がないのだろうかとかえって心配にもなる。

 DV男とその恋人のベッドシーンでは、キム・ヨンミンのおしりが何度もしつこく映される。昼は乱暴な男だけれど、夜はそんな男が欲しいんだろう、そんなことを言いそうなシーンだからわざとやっているのかもしれないけれど、おしり以外にもカメラを向けるところがあるだろうと思うのだが……。


『メビウス』 ギドクの荒唐無稽さもここまで……

 『嘆きのピエタ』などのキム・ギドク監督の最新作。

 ただいま劇場公開中だが、セリフは一切ないため、海外版のDVDでも観ることができる。

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  家族というものは最初に性的な結びつきがないと構成されないものなのだろうが、普通それは隠されているわけで、夫と妻の最初の結びつきは過去のものみたいなフリをして家庭を営んでいくことになる。ギドクの『メビウス』という作品は、そのあたりに焦点を当てている。そして何より男のイチモツを巡ってのすったもんだが描かれている。

 そんな意味でフロイトのエディプス・コンプレックスを思わせる話ではあるし、パンフレットでは上野千鶴子がギリシャ神話に引き寄せてこの映画を論じているのだが、実際はそんなに高尚な代物でもないような……。切り取られたイチモツを追いかけて追いかけっこをしてみたり、転がっていったそれがトラックに轢かれてペシャンコになるなんてドタバタは笑うしかないし、ギドク作品にありがちな荒唐無稽な展開もこの作品は今まで以上に際立っている。だからギドクファンはおもしろがれるかもしれないけれど、一般的には呆れられそうな気もする。

  久しぶりにギドク作品の常連のチョ・ジェヒョン『鰐』『悪い男』など)が出てくるのは嬉しかった。それから妻役と愛人役の一人ニ役をこなしたイ・ウヌは印象に残った。完全にイッている妻と、冷静でかわいらしくも見えたりする愛人は、別人にしか見えなかった。どうやったらあんなに化けることができるんだろうか? 次回作は日本映画の『さよなら歌舞伎町』で、こちらも楽しみ。

『レッド・ファミリー』 南北統一への夢を託した映画

 『嘆きのピエタ』などのキム・ギドクが脚本や製作などを担った作品。
 キム・ギドクが直接的に南北分断を描いた作品としては、これまた脚本を担当した『プンサンケ』以来2本目の作品。幸せそうな家族が、実は北朝鮮から送り込まれたスパイたちだったというお話。

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 北のスパイたちは普段は若夫婦と娘と祖父という家族を装っている。しかし一歩家のなかに入れば、妻役を演じている班長(キム・ユミ)をリーダーとしたスパイ組織だった。その隣には似たような家族構成の韓国一家がいる。北と南の二組の家族を並べて描くことで、両国の違いが見えてくる。
 スパイたちはそんな韓国家族と触れ合ううちに、北朝鮮に残してきた本当の家族を思い、家族というもののあり方を見つめ直すことになる。北から見れば資本主義に毒されている韓国の家族だが、次第にそれが自由な家族のあり方に思えるようになってくる。突っ込みどころも多い映画ではあるけれど、最後には泣かされる。

 ギドクは過去作品のアイディアをほかの作品にも流用していくが、この映画でもそんな部分が見られた。ちなみに『プンサンケ』は作品そのものが、班長たちが映画館で観る映画として登場する。『レッド・ファミリー』では、そんな『プンサンケ』で互いに銃を向け合って膠着状態になる場面とそっくりの場面も出てくるし、『アリラン』でギドクが歌ったアリランという歌も登場する。小鳥が死ぬ場面は、『プンサンケ』で南北の境界線上を軽々と越えていく鳥の姿を思い出させ、北朝鮮のスパイたちはそうした境界を越えることができずに死んでいく小鳥に自分たちの姿を重ねている。
 韓国側の家族は北のスパイ家族たちにそうとは知らずに近づいていくことになるわけだけれど、現実においてもやはり北側からの歩み寄りというのは難しいのかもしれず、韓国側が何かしらの妥協とか慈悲みたいなものが必要となる場面があるのかもしれない。この作品でギドクが描いているのは南北統一への思いである。

 スパイの娘役を演じたパク・ソヨンがとてもかわいらしかった。
 それから脇役だけれども、北朝鮮からの指令の伝達者・野ウサギを演じていた役者さんもよかった。普段は町工場みたいなところで働いている人のいいおじさんっぽいが、作戦の失敗に豹変して班長を蹴り飛ばす非情さ持ち合わせている。この野ウサギと韓国の情婦とのエピソードは、のどかな感じのふたつの家族の対比と並べると、妙に真に迫ったところがあった。



キム・ギドク 『嘆きのピエタ』 独自の世界観はいまだ健在

 ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品。色々とあって精神的に参って、しばらく劇映画から離れていたキム・ギドクの最新作。

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 主人公ガンドの仕事は借金取りだ。しかもガンドのやり方は壮絶で、金を返せない場合には債務者の手を工場の機械で潰したり、死なない程度の高さから飛び降りさせたりする。障害を負わせるほどの怪我をさせ、障害年金から金を引き出そうとするわけだ。そんなだから敵も多い人間なのだが、天涯孤独なガンドの元に母親を名乗る女性が現れる。彼女は一体何者なのか?

 監督のキム・ギドクは、インタビューで「暴力をふるう人に暴力を悪いことだと悟らせるにはどうすればいいかと考えていた」と語っていて、そうした考えがこの映画へと結びついていったわけだけれど、ギドク監督の『弓』とか『うつせみ』などもそうだったが、なかなか奇妙なところへ辿り着いたといった印象。主人公ガンドから見れば一種の改心へ向かう物語だが、一方で母親を名乗る女からするとまた別の物語が現れてくる(ここが泣かせる)。好みは激しく分かれるとは思うが、ぼくはラストでは感動させられた。
 母を名乗る女の存在で、これまでの自分の生き方を変えざるを得なくなるガンド。ふたりは題名にもあるように、哀れみを意味するピエタ像に描かれたような関係にあることになる。つまりガンドはキリストに相当するわけで、債務者から悪魔と罵られるような人物がなぜキリストに擬されるのかというのが見所だ。

 
 撮影監督は学生上がりの素人みたいな人(ライムスター宇多丸曰く)で、ところどころ奇妙なズームなどがあったりしてぎこちない部分も多い。色を極端に配した画調のなかで、母のスカートの赤だけが酷く目立つのだが、廃屋のビルから川を眺める場面では外は露出がオーバーになってほとんど白くなってしまっている。その白い世界を前にした母の血の色のような赤がとても印象的だった。もしかすると露出の計算を間違えたのかもしれないが……。
 ギドクのほかの映画と比べても説明的な部分も多く、割とわかりやすい作品と思える。だからこそヴェネツィア国際映画祭での金獅子賞の獲得になったのだろう。



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