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 映画評論家の蓮實重彦は、『セインツ ‐約束の果て‐』について「テキサス育ちのこの新人監督の長編第二作には、二十一世紀に撮られた最も美しいショットと、最も心に浸みるオーヴァーラップがまぎれ込んでいる。これを見逃してよい理由はない。」とコメントしている。たしかにとても美しいショットがいくつか存在すると思う。個人的には、母になったルーニー・マーラが娘と手をつないで歩く何げないシーンなど、とてもよかったと思うのだけれど、全体的な感想としてはちょっと退屈した。

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 ひとつは女のやっていることが、いまひとつ理解できなかったのかもしれない。女は自分が犯した罪は男(ケイシー・アフレック)に被せておいて、自らが銃で撃って重傷を負わせた警官(ベン・フォスター)に身を任せるという、何とも都合のいい感じだったから。娘の存在があるからなんだろうとは思うし、都合がいいのが悪いわけではないのだけれど、助けてくれた男(娘の父親)とまっとうな生活を保証するかもしれない警官を両天秤にかける感じが伝わらなかった。それからキース・キャラダインが演じるキャラクターが物語に絡んでくるのが、ぼくにはうまくつかめないままだった。
 男女の銀行強盗という主題では『俺たちに明日はない』という有名な作品もあるけれど、テレンス・マリックの『トゥ・ザ・ワンダー』を思わせる場面が登場するし、デヴィッド・ロウリー監督の意識していたのは同じボニーとクライドを描いたマリックの『地獄の逃避行』のほうだろう。また、アルトマンの『ボウイ&キーチ』も同様の題材らしく(未見)、その主演がキース・キャラダインであり、キャスティングはその作品へのオマージュであるようだ。だから映画史的な記憶が豊かなファンならば、もっと楽しめる作品なのかもしれない。何だかちょっと悔しいから、そうした古い作品を観たあとに、もう一度DVDで観直してやりたいという気もする。

(追記) 昨日、これを書いたときは蓮實重彦が『群像』の連載でこの映画を取り上げていることは知らなかったのだが、書店で『群像』を開いたら、さらに詳しく批評されていた。監督本人にメールで撮影方法を確認したりして、なかなかのベタ褒めだった。上記の「二十一世紀に撮られた最も美しいショット」というのは、やっぱりぼくがとてもいいと思ったシーンのことだった。まったく見当違いなことばかり書いていたわけではなかったみたいで、ちょっと安心。