『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』のテリー・ギリアムの最新作。

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 「人生の意味」なんてことを考えるのはカッコいいことじゃない。今どき誰もそんなことをしないだろうと思う。ぼく自身は嫌いではないのだけれど、もちろん大っぴらにそんなことを宣言するわけではない。こっそりそんなことを考えたりもするけれども、大概は雑事に紛れて忘れてしまう。

 この作品の主人公コーエン(クリストフ・ヴァルツ)もそんなことに囚われた男だ。この映画で「ゼロの定理」と呼ばれているものが、「人生の意味」ということであり、そんなものに拘泥するとロクなことにならないようだ。

 『未来世紀ブラジル』は素晴らしいイメージに溢れた映画だったと思うが、『ゼロの未来』のほうはどうにも退屈だった。秋葉原あたりをモデルしたらしい街の造形はカラフルでもチープな印象だった。そんな街の片隅の教会にひきこもって「ゼロの定理」を解くコーエンが外界に興味を抱くきっかけが、ベインズリー(メラニー・ティエリー)という女だというのはありふれている。そのベインズリーとの交渉がボディ・スーツを着たヴァーチャルなものとなるのもどこかで観たような光景だし、全体的にあまりノレなかった。

 マット・デイモン演じる神みたいな存在は、この世界の混沌を単なる「商機」としか考えていない(ひとり息子を遣わしたりもするけれど)。その混沌のなかに意味を見出そうとするコーエンはまさに人生を無駄にしてしまったわけで、「人生の意味」を問うというスタート自体が間違っていたということなのだろう。何だか虚しい結末だけれど……。

 クリストフ・ヴァルツのハゲ頭の別世界の幻想という組み合わせは『ファウンテン 永遠につづく愛』を思い出した(関係はまったくないけれど)。